――お久しぶりです。昨年12・20IGF有明コロシアム大会で2年2ヶ月ぶりに
プロレス復帰。
このままレギュラー参戦するんですか
カシン:するわけないだろ!
――ブッカーTに代わって急きょ参戦したのは、渉外担当あるサイモン・ケリー猪木氏との友情からと
伝わっています。実際にリング上から謝罪したサイモン氏からも「ボクの友人」と紹介されてましたが。
カシン:・・・・・。勝手に親友呼ばわりするな。
サイモンの頼みで出たワケじゃない。
オレはボス(サイモン夫人の寛子さん=猪木の実娘)の命令にNOと言えなかっただけだ。
――でもロス道場周辺では、サイモン氏と行動を共にしているようですが。
カシン:ああ。ロス道場はCMLL(メキシコ)勢の米国内のブッキングライセンスを取得して、
ネグロ・カサスやフェリーノを招聘して興行を開催している。
先日も屋外興行を企てたものの、当日は
ドシャ振りの雨で集客は100人程度・・・。
なのにサイモン・ケリーは「良かった。いつもの倍は(観客が)入っている」と
ニコニコしやがる。サイモン・ケリーとはそんな男だ。
そもそもオレがこの2年2ヶ月、リングに上がらなかったのもヤツのせいだ。
――と言いますと
カシン:サイモン・ケリーが新日本の社長だった2005年の10月、
唐突に長州力を現場監督に招聘した。
その瞬間、オレはお払い箱だ。永田君も中西も、
新現場監督にゴマをすることに必死で何のフォローもない。
それがチームJAPAN崩壊の真相だ。
――確かに05年10月9日の東京ドーム大会(中西、カシン対マーク・ジンドラック、チャーリー・ハース)が
新日本のラストマッチになってますね。その翌日に、長州現場監督の就任が発表された
カシン:そうだ。だからオレはサイモン・ケリーに選手生命を絶たれたのも同然だ。
最近、その件で問い詰めたら「当時のことはよく覚えていない・・・」とヌカしていた。
――で、その後は素顔でHERO’Sに参戦してたりしていましたが、
カシンとしての活動は封印。日本とロスを行ったり来たりしてましたね。
カシン:ロスは気候がいい。だがあ、この2年間は無収入だ。
オレが誰かさんと違って副業には手を出さないが、毎日、永田君よりは練習していた。
試合もないのに練習するのはつらいぞ。この2年間、サイモン・ケリーに対する怒りと、
永田君の白目に対する軽蔑心だけをバネにして生きてきた。
――自業自得のような気もしますが・・・。どこの団体からもオファーがなかったんですか
カシン:ない(キッパリ)。オレはいつオファーがあってもいいように、24時間態勢で電話を待っていた。
――師匠・猪木さんが旗揚げしたIGFからはオファーがあったのではそれに昨年10月には
“東金デストロイヤー” なるマスクマンを引き連れ、銀座のIGF事務所に訪問していた。
カシン:オレはこのめちゃくちゃな“レスラー墓場”IGFを研究し、論文にまとめたいだけ。
実際にIGFのカギを握るのは東金魔王と
クロサワ(中西のWCW時代のリングネーム)だろう。
そもそも年末の有明大会に東金魔王が参戦しないから、
わざわざ本家のザ・デストロイヤーに来日してもらうハメになった。
永田君は魔王に謝罪しろ!
――支離滅裂な・・・。カシン選手本院の試合を見たいというファンも多いんですが。
カシン:そんなに見たけりゃ「ユーチューブ」でも見とけ!
それから全日本プロレスがネットで試合の映像配信しているが、
勝手にオレの名前を使用し、映像を流すな! また裁判したいのか?
―― ・・・・・。あと、放ったらかしになってる本欄の人生相談も再開してほしいんですが・・・。
カシン:時期尚早だ。桜の花が咲くころになったら考えてやる。忙しいから、もう帰るぞ。
(東京スポーツ 1月23日(水)販売号より)
カシンはおもしろいですねw
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